東鮓について

歴史

はじまりは、5坪の持ち帰り専門店から

昭和37年3月、5坪のすし持ち帰り専門店として奈良市中央市場で産声をあげます。
創業者 片山音吉が始めた東鮓を、その息子2代目の片山芳幸が店舗とユニークな発想力を受け継ぎます。

持ち帰り専門店を大宮デパート、椿井市場にも開店し、多くのお客様に愛される寿司店へと育てていくなか、昭和45年5月、食事と出前を兼ね備えた市街地型店舗として【東鮓本店】を大宮通りに、昭和48年9月には和食の総合大型店として【東鮓総本店】をオープン。

同昭和48年には、奈良市をサービスエリアとする出前専門店を開設。
出前店舗配送車輌を導入し、ご自宅までお届けするサービスを開始。
また、出前状況をつぶさに把握できるよう、当時としては珍しい無線機を配送車輌に取り付けました。これが話題を呼び、多数のテレビやラジオで紹介されることとなり、今では宅配業界の常識となるところです。

奈良市宝来町に大型調理施設を備えた【セントラルキッチン(現、宝来店)】をオープン。
1日6,000食程度の弁当・仕出し料理の製造を可能とさせることで本格的な観光弁当市場に参入。昭和59年には奈良県で開催された「わかくさ国体」において弁当協力会幹事社として、 参加した選手などのにお弁当を提供させていただきました。その後も奈良県で行われた 大規模イベントには必ずお弁当の提供業者に選出していただいております。
昭和55年には東鮓総本店を二条大路に移転、奈良県下で初めての大型すし和食店として活況を呈しました。

想い

二代目 片山芳幸の想い

創業者 片山音吉は大阪都島にあった日本料理店を大阪空襲により焼失しました。

「日本料理店をもう一度。」
二代目 片山芳幸が幼少のころから抱き続けた強い想いが、割烹東吉の開店へと導きます。

店内1階中央部分は、炭焼きステーキコンロや北海道室蘭漁港から直送された毛蟹のためにしつらえた大きな生簀を設置。2階には、少人数様でお食事ができる小部屋や茶釜を切った和室や、旅館並みの大宴会場(100畳式の大広間)など、お客様のご利用シーンを思い描き、多彩なお部屋を用意。

「お客様に喜んで頂ける日本料理店を。」
「カジュアルに、ちょっとぜいたくな日本料理をお楽しみ頂きたい。」
そんな思いを込めて昭和59年9月、割烹東吉は開店いたしました。

受継

創業から半世紀。

東鮓のDNAは、時代を経てもなお脈々と受け継がれています。
お客様に喜んで頂きたい、楽しんで頂きたい。おいしさとともに。

わたしたちは、これからも美味しさと楽しさの追求に真面目に取組んでまいります。
心から、楽しみながら。
すべてはお客様のために。